ヴァイキング時代の北欧の歴史について適当に学ぼうぜ

まず北欧の地理から確認
この地図の白くなってる国々を北欧五ヶ国という
このうちフィンランドは民族・言語系統が違うし歴史的にもちょっと別物
ヴァイキングと関係があるのはノルウェー、スウェーデン、デンマーク、アイスランドの4ヶ国


ヴァイキング時代は西暦793年が始まり
この年にイングランド北東のリンデスファーン島がどこからともなく現れた北欧人の略奪を受けた
以降西ヨーロッパ各地はヴァイキングに散々に荒らされる


よくよく見るとデンマークってドイツと繋がってんだな
島国だと思ってた


ちなみにカール大帝(シャルルマーニュ)の西ローマ皇帝戴冠が西暦800年
カール大帝はまだ異教徒だったザクセン人(Saxonyのあたり)を攻撃してキリスト教徒に改宗させたけど
いきなり襲来するヴァイキングに対しては有効な策を取れなかった
半島の方もデンマークだからね


これは主に前記のヴァイキングの活動範囲を示した地図
緑は定住した地域を表す

当時の北欧っていうのは文化・言語的にそれほど違いはなかったんだけどヴァイキングの故郷と活動範囲を大雑把に分類するとこんな感じ
・ノルウェー人…北イングランド、スコットランド、アイルランド、アイスランドやアメリカ方面
・デンマーク(デーン)人…南イングランド、フランス方面
スウェーデン人…東の方全般


人種とかはよく分からないけどアングロサクソン系も多いって事なんかな


アングロ・サクソンっていうのはこの頃にはイングランドの先住民化しててヴァイキングに攻撃されてた側なんだ
前こういうヴァイキングに攻撃されてた側からの視点のスレ立てたんで良かったら読んでくれ
中世前期イングランドの歴史をざっくり学ぼうぜ
http://viper.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1398691958/


ほう、前回もこういうスレあったのか
見てみる


そもそもヴァイキングは単純な海賊とは少し違うという話をしよう
ヴァイキングっていうのは北欧では農民(農場経営者)だったんだ
当時のフランスやらドイツやらの農民と比べると社会的にはずっと高い地位にいたと言われてる
それが九世紀あたりから気候の温暖化などの影響で海外に進出するようになった
略奪もしたが交易もよくやってて、特に東ルートではビザンティン帝国やイスラム圏に奴隷や毛皮を売ってた
北欧の公益地からはアラブの貨幣が出土している


ビッケの兜みたいなの


そのイメージ強いけど実際のヴァイキングは角付きのカブトは使ってなかったんだよな
実際のヴァイキングのカブトはこんなん


へ~確かにそういうのも見た事あるわ


信仰する宗教がおかしいから
戦って死んだら幸せになれるって信じてたんだよな


北欧神話だと戦死したらヴァルハラに行けるんだよな


ノルマン人とは?
北欧出身?


ノルマン人には二つの意味がある
1 大陸側のヨーロッパから見た北欧人全般を指す。ノースマンだからこっちが先の意味
2 フランスのノルマンディー地方に住み着いたヴァイキングの末裔を指す
2のノルマン人は後にイギリスを征服した




ヴィンランドサガは結構考証しっかりしてるな


作者がマニアで、本物の鎧一式を幾つか持ってる
サイン会にその鎧を鎖帷子含め着込んで登場したりしてる


一枚目は殺られフラグだが二枚目は殺戮しそうだな


これはゲームの画像だけど割りと史実に近いヴァイキングの姿
イケメンで金持ちなヴァイキングはこんなんだったはず

鎖帷子じゃないので東寄りのヴァイキングっぽい


現実的に考えて、大きい角ついてたりしてたら邪魔だしな
馬上指揮がメインで肉弾戦しないお偉いさんならともかく


まずヴァイキングが関わった地域別に出来事を書くか


・ロシア方面
9世紀当時のロシア方面にはスラヴ人が住んでいたが何分田舎者なので国家とかもなく小さい争いが絶えなかった
そこスラヴ人は「北欧の旦那にこの土地を治めてもらおうぜ!」といった
そしておそらくスウェーデン人ヴァイキングのリューリクという男が統治者として迎え入れられた
これが西暦862年の出来事と言われている
スラヴ人に迎え入れられるリューリクたち


トレードマークの角兜と斧はそんなにメジャーなアイテムだったの?


斧は剣や槍と並ぶメインウエポンだけど実際の兜は上に書いたように角は付いてない
あっても祭祀用


ちょっとショック


そういえば、結構前に北欧神話について調べててついでで見た記憶があるな


リューリクはノヴゴロドという都市を作った
リューリクの後継者はさらに南にいってキエフを作ってそこが中世ロシア(ルーシ)の中心になった

リューリク一族はロシア・ウクライナ方面に瞬く間に広がりロマノフ朝以前のロシアの王侯はほとんどリューリクの子孫なくらい
同時に彼らは急速に現地文化に馴染んで故郷の北欧人とは違う文化を持つようになった


このロシア方面に作られたキエフ大公国やノヴゴロドはヴァイキングが東方で活躍する上での拠点になった
さらにキエフにヴァイキングが集結してビザンティン帝国の首都コンスタンティノープルを攻撃するということも何度か起きている
コンスタンティノープルの城壁は突破できなかったけど、
和解金をせしめたこともあるし逆に「ギリシャの火炎」でヴァイキング船が焼き払われたこともあった


という風に東に出現したビザンティン帝国と争うこともあったんだけど普段は交易がメインだった
さらに後期になるとコンスタンティノープルにやってきた北欧人は傭兵として雇われることも多かった
ビザンティン皇帝は北欧人で構成された「ヴァリャーギ親衛隊」を持っていて精鋭として恐れられた
ヴァリャーギ親衛隊は装備が豪華でかっこいい


・イングランド方面
当時のイングランドには既にキリスト教徒になったアングロ・サクソン人の王国がいくつもあった
そこに主にデーン人ヴァイキングが襲来してものすごい勢いで征服してったけど
アルフレッド大王という英雄がアングロ・サクソン側に現れてそれ以上の侵略は阻止された
デーン人が住み着いた地域をデーンローという
黄色がその範囲


書き忘れてたけどロシア方面では西暦998年にキエフ大公ウラジーミルがキリスト教をビザンティン帝国から受け入れた
キエフ大公聖ウラジーミル一世

以降東方のルーシ国家はビザンティン帝国の東方正教会文化圏になる
さらにモンゴルに征服されたり親分とも言うべきビザンティン帝国がオスマントルコに滅ぼされたりしたあと、
最終的にモスクワ大公国が勝ち上がって今のロシアに直接つながる


面白いから見てるぜ


・フランス方面
フランスでは885年にヴァイキングの大群がセーヌ川に船を乗り入れてパリを包囲した
当時のフランク王シャルル肥満王は遠征中でパリ防衛の指揮を取ったのはウードという貴族だった
やがてシャルル肥満王が戻ってくるんだけど彼は街を取り囲んでるヴァイキングを
追い払えなくて金を支払って退去してもらう有り様だった
これでシャルル肥満王は味方から失望されたて次の王にはウードが選ばれた


ヴァイキングのフランスへの襲来はその後も続いて歴代のフランス王はその対処に悩まされた
そこで911年にシャルル単純王という王様はヴァイキングの有力な首領のロロに取り引きを持ちかけた
その内容はロロに対してノルマンディーの領地を与える代わりに
他のヴァイキングが攻めて来ないようにするという内容だった
ロロは提案を受け入れてキリスト教に改宗
この元ヴァイキングによる国家がノルマンディー公国で、そこの人間はノルマン人と呼ばれる


ノルマンディー公国

そこの領主のノルマンディー公ギヨームが1066年にイングランドを征服する
これがノルマン・コンクエスト
ノルマン・コンクエストについてもっと詳しくこっちに書いたから興味あったら見てね
http://viper.2ch.net/test/read.cgi/news4vip/1398691958/


あとなんの話するかなぁ


飯とか生活とか庶民的なのでも良いんだぞ


そういえばヴァイキングは遠征中はあり得んくらいカッチカッチに固めたパンを食ってたらしい


カビにくく保存できるからだろうなぁ多分


もっとヴィンランドサガ的なローカルな話をするかな
ちょっとは面白いかも


ノルウェーっていうのは山がちで長らく統一政権がなかったのね
そんな時に地方領地だったハーラルという若者が結婚を考えるんだけど
相手は「ノルウェー全土の王くらいの人じゃないと結婚したくない」と言ってきた
そこでハーラルは「じゃあ俺ノルウェー統一するまで髪切らねえわ!」と言って蓬髪のハーラルと呼ばれるようになった


そしてハーラルが初めてノルウェー統一を成し遂げる
その時から髪の手入れを初めてハーラル一世”美髪王”と呼ばれるようになったとさ


また禿の話してる・・・


さてこのハーラル美髪王は非常に強権的な人物で自分に従わない人間を大量に国外追放した
その追放された人間が集まったのがアイスランドで
「もう王様とかこりごりだわ」ということでアイスランドでは民衆の合議で事を決めるようになった
このアイスランド共和国の成立が西暦930年あたり


さらにアイスランド人の「赤毛のエイリーク」が西に航海してグリーンランドを発見
その子供のレイフ・エリクソンがもっと西に行って西暦1000年あたりにアメリカ大陸を見つけてる


もうこんな時間じゃん
ヴィンランドサガあたりの歴史の話をするスレでも後日立てようかなぁ
面白いんだけどな


まあここでするか


俺はいつでも待ってるぞ!


デンマークではハーラル青歯王という王様が神聖ローマ帝国から圧力を受けた結果960年にキリスト教を受け入れてる
さらにハーラル青歯王はノルウェーに介入してデンマークとノルウェー二ヶ国を支配した
この王様がbluetoothの語源


ちなみにbluetoothというのは原語では「黒い(Blackに通じる)首領」という感じのあだ名だったらしい
それがイギリス人にはbluetoothに聞こえるということで青歯王と後世に呼ばれるようになった


今日のヴィンランド・サガスレ


今から思いっきりヴィンランドサガだぞ!


はデーン人なの?


どっちかというとノルウェーの方が好きかな


ケルト音楽結構好き


さてハーラル青歯王の息子はスヴェン一世”双叉髭王”という人物だった

クヌートの父親としてヴィンランドサガに出てくる人です
スヴェン一世は非常に野心的な人物だった
さらに父親がキリスト教を受け入れても彼は異教の神を信仰し続けていた
ハーラル青歯王が老いるとスヴェンは父親と戦って父を倒す


ヒルデブラントのサガも実の親とは知らない設定だったけど息子に殺されかける話があったな


その頃のイングランドではエセルレッド”無策王”が国内のデーン人を排除しようと大虐殺を起こす
エセルレッド無策王

その殺されたデーン人の中にはスヴェンの妹も含まれていた
スヴェンは報復としてイングランドに大量のヴァイキングを率いて襲来して荒らし回った
これが994年のこと


間違えたけど
のデーン人虐殺は西暦1000年からあとだった
すまん


994年のスヴェンのヴァイキング行にはオーラヴ・トリュグヴァソンという人物が参加していた
彼はハーラル美髪王の子孫でノルウェー生まれで子供の頃ロシアに奴隷として売り飛ばされたというすごい経歴の持ち主
オーラヴはその後ヴァイキングとして名をあげてスヴェンの遠征にも参加してたけどキリスト教徒だったんだよね


ハーラル青歯王はキリスト教化をノルウェーにも強制しようとして兵まで送ったけど現地のハーコン候に破れて失敗してた
そして異教徒のスヴェンがデンマーク王になったことで沙汰止みになってたんだ
そんな中995年にオーラヴがノルウェーに帰国してハーコン候をあっという間にぬっ殺して国内の貴族からノルウェー王に推戴される
さらにオーラヴはキリスト教化を勧めてノルウェー国内やアイスランド、グリーンランドまで改宗させた


支配下の地域に勝手に独立されてスヴェンは激おこ
ここからノルウェーvsデンマークの争いになるんだけど
スヴェンはスウェーデン王やハーコン候の残党を集めてオーラヴを戦死させる
これが西暦1000年の出来事


ほう


その後スヴェンはノルウェーにハーコン候の息子二人を配置してその宗主になって、
ここでエセルレッドのデーン人虐殺が起きるわけだ
スヴェンは報復としてロンドンを包囲するけどエセルレッド側に雇われた
「のっぽのトルケル」という武将の活躍で落とせなかった
そこで他の土地から攻めることにしてた
すでにエセルレッドはノルマンディーに亡命してたしイングランド側はろくに抵抗できず降伏した
そしてスヴェンがイングランド王位を得る
これが西暦1013年のこと


この時点でスヴェンの勢力はこうなっていた
・デンマーク王
・ノルウェーの宗主
・イングランド王
これ北海帝国とかわらないんだよね


しかしイングランド王位を手にした直後にスヴェンは急死する
そしてイングランドのデンマーク軍を息子のクヌートが率いることになるわけだ
あとはヴィンランドサガでお馴染みだけど、クヌートの親父ってこんな人なんだぜということを踏まえてるとちょっと見方変わるかも知れない


当然エセルレッド側からの反撃があったわけだけどクヌートは最終的に実力でイングランドを獲得
デンマーク本国はクヌートの兄が継承するけど子供を残さず死んだのでクヌートのものに



こいつか読んだことないけど


それは「のっぽのトルケル」だな
彼はデーン人だけどイングランド側に雇われてロンドン防衛の指揮を取った
でもその後クヌートの力量に感服してその部将になったという史実の人物


ふむ


クヌートの兄はクヌートによる毒殺じゃなかったのか


漫画ではそうなってるけど史実的にはそんな証拠はないな
スヴェン王も急死したけど暗殺されたという「証拠」はない
かなりタイミングよく死んでるけど当時は寿命も短いしまあ実際のところはわからんね


世界史って、時間が断片的過ぎて、連続性がよく分からなくなるのと、
人物が少なすぎて感情移入できないんだよな。
現地行くのも難しいし。
何にそこまで惹かれるんだ?


なるべく今断片的にならないように語ってるんだけどなwww
まあ詳しく細かく語りすぎるとわからなくなるかと思ってやってないけど
のオーラヴ・トリュグヴァソンの人生とか超波乱万丈で面白いぜ
なんたって奴隷生活から王になった人だからね


要は細かく知ると面白ってことだな


てかなんで王様の子孫がロシアに奴隷送りされたんだ


地方領主間の争いで父親が殺された
母親は乳飲み子のオーラヴを連れて実家のロシア方面に逃げようとしたが、途中で海賊に捕まった
そして奴隷として売り飛ばされた


乳飲み子ってことはないか、まだ幼児だったけど
そして少年期は奴隷としてそこらへんの農場にいたんだけど、ロシア貴族の目に止まり
最終的に
のウラジーミル大公の庇護も受けるようになった
さらにヴァイキングとして北欧に戻って荒らし回るうちに有名になったのがオーラヴ・トリュグヴァソン


イングランドかスコットランドあたりの人を大規模にDNA鑑定して、バイキング率を調べたりしてたな。
なだらかに融合していて、征服的な交わり方ではないとか言ってた気がする。
NHKで見た気がするけど。


ヴァイキングと北欧神話について


面白そうだな完全に現地住民を駆逐したわけではないしね
ヴァイキング自身が史料を残してないのでそこまで詳しくはわからないんだよ
ただこの十一世紀あたりからキリスト教が支配的になっていく


当時の食習慣はどんな感じ?


当時は気候の温暖期で北欧でも農業が結構できたらしい
ただメインは畜産
羊と豚だろうね


果物栽培とかしてたの?


それはしてないと思う
栽培してたのはだいたい小麦だろうな


ありがとう
北欧はまったく知識ないわ
でも面白そうだな


北欧神話とキリスト教って対比には俺も興味あるんだけど何を語ったらいいのかな
北欧神話が記録されたのはヴァイキングが完全にキリスト教化してからのアイスランドでなんで実態はよくわからんのだよ


当時は西暦1000年にこの世界の終わりが来るという考え方があったらしいんだよな
だからノルウェー王のオーラヴ・トリュグヴァソンはそれまでにキリスト教徒を一人でも増やそうと思って性急な改宗を進めたんじゃないかという説がある
その1000年にアイスランドでは全島集会でキリスト教を受け入れることを決定して、ヴィンランドが発見されて、
さらにオーラヴ・トリュグヴァソンは戦死したんだけどな


グングニルとかミョルニムが投げても戻ってくるのは
ヴァイキングにとっての理想だったからって本当?


槍は投げることも多かったみたいだね
そりゃ戻ってきた方が便利だろうなwww


スウェーデンはキリスト教が普及するの一番遅かったんだけど史料もあんまなくてよくわからん


もう少しその後の話をするかな


さて、のっぽのトルケルの下には太っちょのオーラヴと呼ばれる青年というか少年がいた
彼もノルウェーのハーラル美髪王の血を引いている地方領主の子だった
スヴェン一世が急死すると彼はノルウェーに戻り、ハーコン候の子孫を倒して王位につく
これがオーラヴ二世で”肥満王”と当時は呼ばれていた


オーラヴ二世

オーラヴ二世がノルウェーを支配し始めた頃クヌートはイングランド方面で戦っていて手が打てなかった
クヌートがデンマーク、イングランドを支配すると1026年に決戦が行われた
その結果オーラヴ二世は敗北し後に王座を追われてクヌートがノルウェー王を兼ねることになったわけだ


同じ名前大杉


当時の人もそう思ってたから肥満王だの青歯王だの双叉髭王だのあだ名がついてるのさ


この辺でおしまいにするかな


ちなみに肥満「王」とかいうのは翻訳の都合で原語にはそんな意味はない
のっぽのトルケルとかと同じでカッコつけずに訳せば
太っちょのオーラヴとかフォーク髭のスヴェンという程度の意味


太っちょのオーラヴ二世は後に亡命先のルーシから帰還して王座を取り戻そうとした
でもクヌート派の農民軍に阻まれてそこで戦死した
後にノルウェー人はオーラヴを殺してしまったことを後悔するようになる
さらに当時にノルウェーで成長しつつあった教会の思惑と重なって、太っちょのオーラヴ二世はキリスト教を守るために戦ったことにされた
なので肥満王ではなく”聖王”と死後に呼ばれるようになった


もうすぐヴァイキング時代の終わりだけどこの辺にしとくか


眠いけどおもしろい


ヴァイキング北欧でメタルしか頭になかったけど面白い


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